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東海白樺山岳会ブログ

愛知県名古屋市にある山岳会です。仲間を募って山に登る会の運営、会員の登山記録、行事等の活動を発信しています。

伊吹山麓・大久保のセツブンソウ

 俳句の仲間から伊吹山麓のセツブンソウが咲いている場所を教えて、との電話があって検索すると、
登山しなくても米原で会える“春の妖精”セツブンソウ
がヒットした。
 場所は米原市大久保
地形図では伊吹山のほぼ西麓だった。

 霊仙山では大体3月中旬から下旬に見られるようだ。山野草ファンには楽しい時節がやってきたのである。
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[ 2018年02月28日 22:22 ] 滋賀県の山 | TB(0) | CM(0)

松浦武四郎生誕200年イベント アイヌ舞踊で幕開け 三重

ソース:松浦武四郎生誕200年イベント アイヌ舞踊で幕開け 三重
【松阪】北海道の名付け親として知られる松阪市出身の探検家、松浦武四郎(1818―1888年)の生誕200年記念事業オープニングイベントが24日、三重県松阪市川井町の農業屋コミュニティ文化センターであり、静内(しずない)民族文化保存会(北海道)のアイヌ古式舞踊で幕が開けた。記念事業を1年間繰り広げる。

同事業実行委員会の小林壽一委員長は「武四郎は驚異的な行動力があり、克明な記録が残されている。アイヌとの共生を訴えるヒューマニストとして魅力が尽きない。功績をたたえ継承していきたい」と開会を宣言。

竹上真人市長は「さらにさらに全国に発信していきたい」と述べ、鈴木英敬知事は「9月15日からみえむで企画展『幕末維新を生きた旅の巨人 松浦武四郎』を2カ月間開催する」とPRした。

北海道からは窪田毅副知事や北海道アイヌ協会の加藤忠理事長らが出席。加藤理事長は平成20年に国会で可決された「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を取り上げ、「武四郎は幕府への復命書で明日の開拓は結構だが、今日のアイヌの命を救ってください、滅びてしまうと訴えている。国会議員に伝え、決議の可決に大きく役立った。発禁になった『近世蝦夷人物誌』が残され、アイヌが先住民族である論拠となる貴重な記録になっている。本当に胸を打つ」と語り、「アイヌ民族として心からありがたく感謝申し上げたい。武四郎の願いがようやく実り始めたと感じている。一人のひたむきな誠実さと良心で向き合う心が、人の心を動かし、普遍性につながる」とたたえた。

同保存会は国の重要無形民俗文化財に指定されているアイヌ古式舞踊を披露。ムックリ(口琴)の音色を響かせ、鶴の舞を舞った。劇団松阪ドラマシティは武四郎が主人公の劇「時を越えた奇跡の旅人」を上演した。

記念事業として、生誕200年記念講座が3月から毎月第2日曜日、同市小野江町の松浦武四郎記念館で1年間開講する。10月には武四郎シンポジウムin東京と武四郎フォーラムin松阪がある。武四郎展は県総合博物館と北海道博物館(6月)、道立帯広美術館(12月)を巡回する。

ソース:松阪 北海道名付け親たたえる 生誕200年・命名150年 武四郎まつりにぎわう 三重
【松阪】武四郎まつり実行委員会(久保宏明委員長)は25日、三重県松阪市小野江町の松浦武四郎記念館で北海道の名付け親として知られる松浦武四郎(1818―1888年)をたたえる「武四郎まつり」を開いた。武四郎の生没月の2月に開き、23回目となる。今回は生誕200年と北海道命名150年が重なった。

武四郎は幕末、アイヌの協力を得ながら蝦夷地を6回探検し、内陸部を含む詳細な地図と調査記録を残すとともにアイヌに対する和人の虐待を告発した。明治政府の役人に就き、蝦夷地に代わる名称としてアイヌ語の「カイ(ここに生まれた人)」を使った「北加伊(カイ)道」を提案した他、アイヌ語に基づく各地の地名を上申していった。

久保委員長と竹上真人市長は武四郎を全国発信していきたいとあいさつ。鈴木英敬知事は「武四郎さんの偉業を思うと寛容な気持ち、他の人を受け入れる気持ちが大事だなと今思う。教訓」と呼び掛けた。

静内民族文化保存会がアイヌ古式舞踊を披露し、ムックリ(口琴)の音色を響かせ、輪踊りや鶴の舞を舞った。劇団松阪ドラマシティが武四郎劇を公演。地元と北海道の特産品や武四郎鍋、武四郎バーム、武四郎弁当を販売し、にぎわった。
以上
 松浦武四郎は登山家として評価されています。
 『日本百名山』に松浦武四郎の人名の出てくる山は4座ある。深田久弥は阿寒岳で詩碑を引用し、蝦夷紀行を紹介、十勝岳ではアイヌ人との交流を披露した。後志羊蹄山で『後志羊蹄山日誌』を引いて初登頂を紹介した。但し、この登頂は研究家によって否定されている。中村博男『松浦武四郎と江戸の百名山』(平凡社新書、2006年)を読むと松浦武四郎は日本全国の山を登っていることが紹介されており、名うての登山家だったことが分かる。
 北海道の9座中3座に紹介されたのは江戸時代、明治時代ともに時の政府から当時は蝦夷と呼ばれた北海道の開拓調査を命じられ、精通し、紀行を残したことが大きい。地名の命名、特に北海道の名付け親(明治2年)として知られる。北海道神宮の末社の開拓神社には神として祀られている。
 大雪山系の緑岳も今は括弧書きですが、松浦岳と呼ばれていました。もちろん武四郎に因んで命名されています。

参考:大雪ものしり百科「自然編」|大雪山 山名の由来 大雪山にある色名がついた山々
 では4座目はどこか。台高山脈の最高峰、大台ヶ原山である。中村博男氏の本によれば最初の大台ヶ原山登山はなんと明治18(1885)年のことで68歳だったという。悠々自適の人生で、ふるさとの三重県松阪市小野江(旧一志郡三雲村)に近いとはいえ、気力を振り絞って深山に挑む姿は素晴らしい。明治19年、明治20年と連続して大台ヶ原に入山。いずれも奈良県側の大台辻から入山し、三重県尾鷲市につながる尾鷲道を下山している。目的は開拓だった。そして明治21年2月10日に71歳で永眠した。
 地元の三重県一志郡三雲村では、郷土の偉人を称えて「松浦武四郎記念館」を建設し顕彰活動を行って来たが、松阪市になった今も継承された。以前訪れた生家には武四郎の弟の子孫が守って居られて話を伺ったこともある。武四郎を愛する人、北海道の山を愛する人すべてが一度は訪ねてみたい。この祭りも以前に見学に行ったことがある。

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[ 2018年02月26日 12:41 ] 山岳ニュース | TB(0) | CM(0)

筑波山 下山

筑波山 無事に下山しました。

25日(日曜日)の筑波山
曇り空のもと つつじヶ丘から登りはじめて登山道の脇に雪がある程度だったのがある登るにつれて 登山道が凍りついているので軽アイゼンを装着して 登って来ました。

ただいま、圏央道を帰路についてます.

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[ 2018年02月26日 11:31 ] 関東の山 | TB(0) | CM(0)

猿投山から折平山一筆書き登山

 猿投山と折平山の2座を駆けて一度も同じルートを重ねないで歩く一筆書き登山を提案し2人で試みた。同じ所から2座以上を駆けて登り下りする周回登山、違う所へ下山する縦走、同じルートを歩く往復登山といろいろあるがちょっと離れた2座を駆ける場合はこれもありと思う。クルマは2台でゆく。戸越峠の下の林道入り口に1台をデポ。(1台なら徒歩で戻ることになる)

 小長曽陶器窯跡を出発。地形図を見ながら猿投山の頂上につながる尾根をたどりながら登る。踏み跡程度なのでRFが要る。藪こぎという場面はなく1時間30分程度で山頂手前5分のところの東海自然歩道に着いた。山頂で一服した後、戸越峠に下る北尾根に入る。豊田市と瀬戸市の境界でもある。ここも藪をこぐほどではないがやや荒れた山道になっている。問題は480mの独立標高点を過ぎてから峠への踏み跡のトレースだ。ここは崩壊花崗岩の痩せ尾根の続く危険領域であるから細心の注意で下った。過去に行方不明者の捜索で何度も通っていたから危ない所は承知であった。峠の印刷のあるピークに着いた。ここは左の踏み跡に振った。直線的に行くと県道33号線の擁壁があるからだ。あまり明瞭とは言えない踏み跡を追うと県道が見えて峠近くに下れた。
<折平山は地形図では無名の三角点があるだけの山である>

 県道を歩きながら折平山へのルートを探す。407mへ続く踏み跡はなく、東西に伸びる尾根の豊田市側を観察しながら歩いた。図星で尾根に登り口を見出した。尾根にさえ登ってしまえばあとは折平山へひたすら歩くだけだ。途中には捜索で歩いた記憶がある所もあった。送電鉄塔、610mのコブを踏んで折平山に着いた。猿投山と違って誰もいない静かな山頂だった。以前は無かった山名板も多数ぶら下がり結構登る人もいるようだ。折平に取り付いてから、寒気をともなう北風が吹き始めていた。春霙でも降りそうな空模様だった。山頂に長居はできないので少し下って休憩する。下山はほぼ南へ下る尾根を下った。中電の順視路だった。鉄塔を経て支線林道の入り口近くにすとんと下った。あとはクルマまで数百mを歩いて行くだけだ。

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[ 2018年02月24日 20:57 ] 愛知県の山 | TB(0) | CM(0)

山と溪谷 2018年3月号「もう悩まない! 膝痛と歩き方」「快適に歩く登山のテーピング」

 膝痛は登山者の高齢化にともない増えているのだろう。山と溪谷 2018年3月号は「もう悩まない! 膝痛と歩き方」を特集した。実は2015年4月号特集「登山者の悩み みんなの膝痛解決します! 」、山と溪谷 2017年3月号 「悩めるヒザ、予防と対策」と読者の要望に応えた。2016年2月号でも【特集】「総点検! 山の"カラダ"」 一生、登山を続けるために。自分の体を知り、体力をつけよう。」と総合的な特集をしている。それだけ肉体的な悩みが寄せられているのだろう。単行本でも膝痛の本が出ている。

 人間は多種多様なので個人差が大きい。決め手はない。個人的な体験であることをお断りした上で、上記の特集や書籍を参考にして、膝痛完治の参考にして欲しい。
 まず過去を振り返ると、沢登りで岩から岩へ飛んでいたのが膝に負荷をかける原因になったと思う。しかもザックを背負う。加齢にともない体重増もあった。当然50歳代から膝痛はあった。当時は2~3日で痛みは引いた。それでも残る際は市販の経皮鎮痛消炎を購入して貼付した。痛みはとれた。それが2015年(65歳)くらいまでには一過性の痛みではなく、常時痛みがあるようになり、外科医で電気マッサージ等のリハビリを受診したが軽減しなかった。2016年(66歳)では地下鉄駅の階段の下降が困難になってきた。それでも暖かくなると少しは軽減した。2017年(67歳)の1月にリョウシンJV錠が効くと先輩の勧めで服用を開始。大腿筋の鍛錬を思いつき、2017年6月から3日に1回、往復5kmくらいから自転車乗りを開始した。往復15km、往復20kmと距離を伸ばした。ただ乗るだけでは飽きるので、丘陵地の200m以下の三角点にタッチする目的を加えて変化をつけた。
 するとなんと3ヶ月ほどで膝に回復の兆し が見え始めたのだ。経皮鎮痛消炎剤の注意書きには「消炎鎮痛剤による治療は原因療法ではなく、対症療法で. あることに留意すること。 」とある。血液の流れを止めて冷やしていた。根本治療ではなかったのだ。
 それで9月から今まで月に2~3回は山行を実施。段々に自信が回復してきた段階である。もう10時間登り下りしても翌日少し痛みがある程度まで回復を実感した。登りには支障はない。下りが多少不安がある。先週は厳寒の中でテントを張った。その際、患部の右ひざが血が通っていない感覚を覚えた。まだ血流が回復しきっていないと思う。安易に習慣的に消炎剤を続けてきた結果、細胞が壊れてしまったのだろうか。リョウシンJV錠はビタミンB系とEを含むビタミン剤である。これが代謝を促して血流が回復し軟骨が再生してきたのか。ここは医学の領域である。肉を食べるにしてもしょうがやにんにくを入れて食べる。そのことで吸収されやすくなるという。様々な試みを経て回復をしてきた。
 整理すると
1 膝に負荷のかかる歩き方を止める(ヤマケイに掲載されている)
2 ザックの軽量化に務める
3 体重増に注意する
4 食事はたんぱく質、ビタミンB系、ミネラルを中心にバランスよく食べる
5 膝にかかる負荷の少ない自転車乗りで大腿筋の維持を考える
6 すでに膝痛の人はリョウシンJV錠を試してみる
7 経皮鎮痛消炎剤は医師の処方でのみ利用する。常用しない。
追記

本書も膝痛の緩和と治癒に役立つ知識が詰まっている。
目次には膝痛の文字はないが、
P100の見出し「腰痛・肩こりにはたっぷりのビタミン」には筋肉についての知見が書いてある。関節痛には筋肉の強化と維持が欠かせないのである。
P110の見出し「関節炎・骨粗鬆症には、カルシュームよりもまずタンパク質」に変形性関節症についての記述がある。素人考えではまずカルシューム(コラーゲン、グルコサミン、コンドロイチン)の補給を考えがちであるが、著者はタンパク質の不足という。

結局登山を長く続けてきたが、特別に筋力トレーニングを積んできたわけではない。だから加齢にともない、筋力が衰えると膝に負担がかかるのであろう。原因は老化ということ。今までに試行錯誤しながら得たのは高齢者は普段のトレーニングの大切なことと食事の重要性を再認識した。しかもP241の見出し「スポーツで体が若返る」のウソを読むとむやみに頑張るのも考えものだと理解した。
最後になったが、著者の三石巌氏は1901年生れで1997年1月に死去されている。それでもこの本は売れ続けて16万部と帯封にある。一度は読んでおいて損はない。しかも死ぬ直前の2週間まえまで雪山でスキーを楽しんだらしい。真の意味で生涯現役を貫いたことになる。話は変わるが、105歳で亡くなった三浦敬三氏も寝る前に倒れるまで屈伸運動をしたそうだ。スキーは確かに屈伸運動の連続である。つまりささやかでも筋力トレーニングを続けることが元気で長生きの秘訣らしい。
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[ 2018年02月22日 20:12 ] 出版案内 | TB(0) | CM(0)

国見岳 青岳 下山しました


ロープウェイで御在所へ、そこから国見岳、青岳、出来ればハライドまで。往路を戻りロープウェイで下ります。
日時 2/21
メンバー I

無事下山しました。
予定通りロープウェイで往復しました。
またしてもハライドまでは行けません、残念。
腰越峠の手前の、尾根が下り始めるところで時間切れ。引き返しました。
ハライドへの登り下りのため、アイゼン、ピッケルを持って行ったのですが出番無しです。
スノーシューとストックでずっと歩き続けました。
今回も国見岳からの下り、青岳への尾根にとりつくところが分かりません。
灌木に視界を阻まれ、この先がどっちへつながるのかが見通せないのです。
とりあえず下ったらかなり西にずれていて、登り返しつつトラバース。
登攀用のスノーシューはワカンと違って浮力もあり、爪もあるのでかなりの斜面も登れます。
道具のおかげで歩けている、というのを実感した山行でした。I
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[ 2018年02月22日 09:23 ] 鈴鹿山脈 | TB(0) | CM(0)

黒津山は無事下山


黒津山は無事に下山しました。
予定通り登山しましたが、アラクラの手前で6時間、12時になり、時間切れで登頂を断念しました。
登山口からワカンをはいての登山になりました。雪はしまっていて極端なラッセルはなく、スム―ズに残雪の尾根歩きを堪能しました。上部で大きな雪庇や吹き溜まりがあって乗り越すのに難渋しました。
ピッチは早く、だらだら休憩したわけではもなく、力不足ではなかったと思います。
メンバーの皆さんも登頂はできなかったが満足したと言っています。
詳細は
小屋番の山日記
黒津山は返り討ち~春北風(はるきた)の吹く尾根を歩く
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[ 2018年02月22日 09:17 ] 岐阜県の山 | TB(0) | CM(0)

奥秩父・瑞牆山

2月18日の日曜日に、K本さんと、山梨県の瑞牆山に登る予定です。瑞牆山荘から富士見平小屋経由で往復する予定です。慎重な登山を心がけてと思っています。F

瑞牆山、無事に下山しました。最高の天気で、絶景を堪能しました。登山道はほぼ雪に覆われていましたが、雪は多くなかったです。いっしょに登ってくださったK本さんに感謝しております。F
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[ 2018年02月22日 09:07 ] 山梨県の山 | TB(0) | CM(0)

御在所 裏道から藤内沢(下山届)

日時 2/14(水)
場所 御在所
メンバー I 
ルート  ロープウェイ駐車場⇔裏道⇔藤内壁出会い⇔藤内沢⇔山上公園⇔ロープウェイ⇔駐車場

最近は中道を下ると膝の調子が思わしくありません。
中道は険しい道なのでしょうね(苦笑)。健康に留意して、下りはロープウェイで降ります。
年に一回くらいは藤内沢を歩かないと、道を忘れてしまいそうなので…。
昨年の写真を紹介します。 まだ登ってません、これから登ります。下山届ではなく、『登山届』です。
以下は昨年1月22日の写真です。このくらい雪があるといいな。
201802131050128b3.jpg
藤内壁出会いから見た藤内沢方面(昨年1/22)

無事下山しました。
マッタリした山行でした。
ロープウェイ駐車場を出発したのが8時40分、山上公園に到着13時30分。
アルペンで昼食後、予定通りロープウェイで降りました。
本当にのんびりとハイキングを楽しみました。
雪はそこそこの量がありました。おかげで藤内滝を高巻くトラバースも危険ではなく、楽勝でした。
今回は3ルンゼに誰もいなかったので、ちょっぴりアイスのマネゴトもしてみました。
氷壁には、アックスはアイス専用でなくてもアルパイン用ならある程度効きますが、アイゼンは横爪だとなかなか厳しいです。
いろいろ遊んで、とても楽しい一日でした。I
20180214181527325.jpg
藤内壁出会いの看板の所で撮影
若いお嬢さんに撮ってもらいました。ニヤケた顔をしてるのはそのため?
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[ 2018年02月15日 00:35 ] 鈴鹿山脈 | TB(0) | CM(0)

ブンゲン下山届(実は日ノ出山)

ブンゲンを諦め、奥伊吹スキー場で遊び、無事帰名しました。

朝発で地道で奥伊吹スキー場に向かいました。
天気の回復を期待して出かけましたがスキー場最上部は視界も無く、顔も上げられない世界でありました。
ここだけリフトの支柱、木々に霧氷が張りつき、リフトでひょっこり来たリハビリの身には「ヒェ~!」と言う感じでした。ブンゲンは諦めて時々見え隠れしていた品又峠の北西にある1045.6の三角点に向かいました。
リフト終点から2~30mの櫓を目指してツボ足で登り始めると「お客さん!お客さん!どちらへいかれますか?」とスピーカーで若い監視員に呼ばれました。「櫓!櫓まで!」と叫んでいました。
櫓も凍てつき上の床板はありませんでした。登らないように!ということでしょうかね。
何にも見えないのに高いところにわざわざ登りたがる人種には困ったものだ。
今、家でパソコンに向かっているとそんな風に自分たちの行動を振り返ってしまう。
回数券の分だけスキーを楽しむと終わりごろには何となく滑る事を体が思い出した。
それにしてもスキー場は大賑わいだ。「みんなが頑張ってようこそこの寒い中を奥伊吹スキー場へ」そんなことを思いながら雑踏の中を戻り昼頃に切り上げた。帰路についたがまだまだスキー場を目指す車の列が延々と続いていた。
リハビリスキー兼スキー場と言う社会見学をさせていただいた気がしました。

帰路はお肉街道56号で買い物、南濃温泉でリハビリ中の足を温めて帰宅した。
次の寒波が名古屋方面に押し寄せているのが空の様子から分かるが季節は確実に暦どうり春である。

ありがたいです。
「山には出かけてみるもんだな~」と感じています。W

管理人のブログ
小屋番の山日記から
風雪の奥伊吹スキー場に遊ぶ
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[ 2018年02月12日 13:45 ] 滋賀県の山 | TB(0) | CM(0)

三ッ峠山下山

2月11日に、山梨県の三つ峠山に登りたいと思っています。西桂町の方から往復する予定
三つ峠山下山しました。今日は暖かく手袋なしでいいぐらいでした。西桂町からのルートには石仏もありいい雰囲気でした。富士山も大きく見えていました。F

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[ 2018年02月12日 13:12 ] 山梨県の山 | TB(0) | CM(0)

NHKラジオ「 石丸謙二郎の山カフェ」がはじまる!

2/14から2/20までらじる★らじるで再放送中
石丸謙二郎の山カフェ

石丸謙二郎の山カフェ
石丸さんのHPから転載します。こんな口上です。
「《石丸謙二郎の山カフェ》

2月10日、オープンです。
と云っても、コレは、ラジオの話である。
NHKのラジオ番組が始まる。
山の話ばかりをするラジオだ。
不思議なことに、これまで、山を扱ったラジオ番組がなかった。
テレビでは、山は随分取り上げられてきたが、
なぜかラジオでは、山はなかった。

よし、やってみようじゃないか!
有志たちが、立ち上がった。
ラジオという音の世界で、山を語ったらどうなるだろう?
イシマルがパーソナリティを務めることになった。
まずは、2時間のナマ番組。
これまで、山番組がなかったという事は、
色んな事をやっちゃえるゾ!
よし!

2月10日、午前8時~10時まで。
日本中の山好きの皆さんにお送りする、
初めてのチャレンジである。

山カフェというからには、私は、そのマスターとなる。
ログハウスのカフェを想像していただければ・・
では、その時に・・・」

 今日、曇り空で猿投山も春霞でぼんやり見える。午後から雨の予報に寝坊を決め込んで寝ていたら最中に偶然聞いていた。結構面白い内容に布団から出られなくなった。生なのでトイレに行くにももう1つのラジオをつけながら聞き逃さないように用足ししました。
 再びHPをみると
「NHKラジオ 2月10日朝 8:05~9:55
マスター石丸謙二郎、アナウンサー池田伸子。
ゲスト、工藤夕貴さん、近藤謙二さん(国際山岳ガイド)など
山登り中継あり。 」とあります。
 以下は簡単な感想です。
 石丸兼二郎さんの名前は初見。うろ覚えですが、工藤夕貴ってあの偉大な演歌歌手の井沢八郎のお嬢さんというくらいの知識はある。それがなんで山に関係するのかな?思わず血が湧き起こったのは近藤謙二さんとの電話でのやりとり。なんと五竜尾根でバックカントリースキーに出発するところだとか。実は7日にそこへ行こうと話していたからだった。2015年1月に村尾根で亡くなった山友に慰霊の意味もあって行きたいなと心が騒ぐ。捜索であの周辺の沢や尾根を歩き回った。
 山やは山の本も好きだと、核心をつくトークに段々寝ていられなくなった。マスターの本棚では山岳小説ジャンルの笹本稜平『未踏峰』を紹介されました。

 土曜日の朝だなんて、自宅ではあまり聞く機会はなさそうだ。マイカーで山へ行くと時に聞きながら走るか。良い番組に育つと良いですね。
NHKのHPを紹介する。
石丸兼二郎の山カフェ
「山の日だまりで、朝日に輝く山々や森をながめつつ、
コーヒーをいれてほっと一息・・・。
そんなひとときをイメージしたラジオ番組が、「山カフェ」です。

カフェのマスターこと、パーソナリティをつとめるのは、登山歴40年になる石丸謙二郎。
山を愛するタレントや文筆家、山岳の世界で活躍する方をゲストに迎え、飾らないトークを楽しみます。ためになる山情報や、古今東西の山岳図書や映画を紹介する「マスターの本棚」などのコーナーも。山好きの皆さんからの、心に残る山のエピソード、とっておきの写真も大募集しています。土曜の朝、いっしょに山を想いをはせてみませんか?」
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[ 2018年02月10日 11:00 ] 山岳ニュース | TB(0) | CM(0)

【防災最前線】命がけ 白い魔物との闘い 長野県警山岳遭難救助隊

白い魔物との闘い 長野県警山岳遭難救助隊">【防災最前線】命がけ 白い魔物との闘い 長野県警山岳遭難救助隊
以上
 雪崩はベテラン登山家がもっとも恐れる雪山の自然現象。自分が登ることで引き起こすこともある。降雪中、降雪直後は登らない以外に対策に決め手はない。
 雪崩ビーコンは救助する側の要請だから防止にはならない。雪崩で遭難する人の90%はビーコン携帯者という動画を見たことがある。それだけ心がけが良いと思うか能天気なのか。現状ではビーコン携帯者でないとスキーリフトに乗せないスキー場もあるかに聞く。捜索する側は大変なのだ。それがこの動画でも分かる。1人が埋まっても何人もの人に迷惑がかかる。
 昨日の例会でも言ったことは積雪期はとにかく早朝発に限るということ。民宿を使っても午前3時出発、登山口は星の瞬く下を歩きだすくらいでいい。登山ルートが東面の場合、日の出と同時に気温が上がりだす。雪が凍結してコンクリートされていた岩や倒木もゆるむ。雪庇の崩壊で雪崩たり、落石で頭部に当たったり、ブロックで体を打撲して亡くなった知人や先輩は何人もいる。午前10時ころが一番危ないのでそれまでに山頂に立つか、谷筋、雪庇の張り出す尾根など危険個所を通過しておきたい。休む時も山の上を警戒しながら休むことだ。
 山岳遭難救助隊のお世話にならないようにしたい。
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[ 2018年02月08日 18:25 ] 山岳遭難 | TB(0) | CM(0)

御在所岳下山

御在所、無事下山しました。
今回のルートは中道、帰りはロープウェイで下りました。
雪は結構多く、楽しく登れるはずだったのですが……
登山は道具です。これは私の座右の銘。
雪山はきちんと装備を揃えないと事故につながります。と、いつも言ってるのですが……。

今回は、なんとIが「アイゼンを忘れました」。
何とかロープウェイ山頂駅までヨタヨタと登りましたが、S田さんにはご迷惑をおかけしました。
帰りは下りです。転ぶのが怖くて降りれません。
というわけでロープウェイで下りました。

ちゃんとした道具がないと、御在所中道も「とても難しい」山だと実感しました。
登山は道具です。私のスキルで登っていると過信、慢心していましたが、
今回の山行で、道具に登らせてもらっているんだ、という事がよ~く分かりました。
きちんとした装備をそろえ、忘れずに持って山へ行きましょう。 
                      報告 I
20180208180045ba7.jpg
ロープウェイから見た中道キレット
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[ 2018年02月08日 13:50 ] 鈴鹿山脈 | TB(0) | CM(0)

鎌ヶ岳 下山しました!

日時 2/3(土)
場所 鎌ヶ岳
メンバー I
ルート スカイライン三ツ口谷より夏道通りに鎌ヶ岳へ

スカイライン中道駐車場⇔スカイラインもしくは登山道⇔スカイライン三ツ口谷入口⇔三ツ口谷⇔鎌ヶ岳山頂
 三ツ口谷の夏道、谷ルートを行きます。大滝直登はせず、巻道ルートへ。
三ツ口谷は最後まで詰めず、大ガレと長石尾根分岐から長石尾根へ。雪が多くても三ツ口尾根や途中で長石尾根に逃げず
出来るだけ谷筋を歩き夏道を行く予定。

先回は敗退しましたが、今回は頑張ります。昨年のプチ滑落を教訓に、安全第一で

鎌ヶ岳、 残念ながら今回も三ツ口谷は途中で敗退。
大滝直登と巻道が交わり、標識が立っている場所は、雪の急斜面に標識が立っているのでそれと分かりますが、
雪に埋もれて道はなくただの急斜面です。もちろんトレースなど皆無です。
急斜面と正対し、キックステップでカニさんの横歩き、トラバースで進みます。
大滝が見えてきましたが、このままずっーと横歩きのトラバースではそのうち落ちます。
諦めて尾根に上がりました。
そのまま尾根を歩き、武平峠からの尾根道と合流します。
そこからはいつも通りです。最後に岩場を登って山頂に立ちました。

20180203212132152.jpg

帰りも、岩場を下り武平峠へ。そこからスカイラインを歩いて中道駐車場に戻りました。
三ツ口谷の夏道を忠実にトレースするのは私のスキルでは無理だと思います。今回で断念。

雪は先週の方がサラサラでした。量はほとんど同じ。
今回もたくさん雪遊びが出来て、とても楽しい山行でした。

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[ 2018年02月03日 17:40 ] 鈴鹿山脈 | TB(0) | CM(0)

日光白根山

2月3日に、日光白根山に登りたいと思っています。丸沼高原スキー場のロープウェイを利用して、往復する予定です。
(丸沼高原スキー場のロープウェイは右へスクロールすると見えます。)

日光白根山無事下山しました。結構雪はあったと思います。F
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プロフィール

東海白樺山岳会

Author:東海白樺山岳会
 1962(昭和37)年に名古屋市交通局の有志数名が設立。その後一般社会人の親睦の登山クラブとして継承されてきた。40歳代から80歳代の男女約24名(2016年11月現在)が年間を通じて計画的に実践。
 三河、美濃、鈴鹿の日帰り登山、岩登り、沢登り、山スキー、冬山以外にも夏山縦走も楽しむ。皆で誘い合い日本百名山、日本三百名山を目指す会員もいる。個人の志向でぎふ百山、信州百名山、富山百山、一等三角点のピークハントを目標にする会員もいる。
 例会は第1水曜日(都合で火曜日になることがある)に名古屋市中区生涯教育センターで夜7時から8時30分まで。会合は山行への参加を募る重要な場なのでなるだけ出席を。欠席者にはメール、郵便、ファクスで伝達。会報も年間4回発行。総会(事業報告、役員改選、会計報告、規約改正など)は4月に実施。
 イベントは1月の新年会(町)新入会員の入会に応じて新人歓迎会(山で)、年末は忘年山行(1泊2日)、登山、岩登りの初心者の指導練習も適宜練達者のリードで実施。
 会費年間3000円。入会金2000円。別途山岳共済保険加入のための岳連会費と保険料要。現在会員募集中。問合先090-4857-9130西山まで。メールフォームからもどうぞ。

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