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東海白樺山岳会ブログ

愛知県名古屋市にある山岳会です。仲間を募って山に登る会の運営、会員の登山記録、行事等の活動を発信しています。

山岳救助隊ヘリが諦めた標高2,000mの遭難者をボランティアの民間ヘリパイロットが見事に救出

IROIRO
ソース:山岳救助隊ヘリが諦めた標高2,000mの遭難者をボランティアの民間ヘリパイロットが見事に救出

救助のプロが操縦するヘリコプターも近づけない断崖絶壁にいる遭難者を、民間ヘリのパイロットが志願して、見事に救出するという出来事がルーマニアであった。
以下はソースにアクセスする。

穂高周辺の断崖絶壁での遭難救助はヘリコプターも危険である。穂高でも救助ヘリの事故があった。ヘリは大活躍するが遭難しないように心がけたい。

息をのむヘリ山岳救出活動
【神戸市航空機動隊】クライミング中の滑落事故での救助活動


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[ 2016年08月29日 20:07 ] 山岳遭難 | TB(0) | CM(0)

奥三河の沢・清水谷右俣(実は左俣右)の遡行

北アルプスの大キレット縦走は台風接近のため中止。代案として涼しい沢登りに出かける。
朝6時10分金山駅前を出発、高辻ICから鳳来峡ICまで一気に走れて登山口の宇連ダムへは7時30分と早い。鳳来湖は干上がっていました。設楽町と新城市の境の岩脈も見えました。
8時半出発。三輪川の支流・清水谷右俣(実は左俣右)は平坦なところは滑床が続き素晴らしかった。中流部では滑滝、ポットホールの非常に深いゴルジュ、など変化の多い沢でした。標高450m付近から沢が立ってくる。11時半、30mの大滝付近で遡行を打ち切り、左岸の山腹を登ると古い登山道を発見。左すれば稜線の登山道につながるものですが、降雨もあり、右へ下りました。ほとんど残っていたので相当早く下山できました。
帰路は梅の湯を浴びて帰りました。入湯後は大雨になりました。新城まで来ると良いお天気という変な1日でした。
追記
同行のメンバーが地形図に落としたスマホの軌跡を送ってきたので見たらなんと清水谷左俣右に入っていた。廃小屋や大岩など過去の記憶通りに進んでいると思っていたが入渓地点が少し早かった。汗!
掲示板「行ってきました」
奥三河・宇連山の沢歩き
・・・・・・・2006年8月の清水谷右俣の遡行記であるが、当時でも「これが右俣か」と疑心暗鬼ながら分岐点でRFしている。左俣が本流で水量が多く、右俣からの土砂を押し返して分岐がはっきりしなかったものと思う。今回は迷うこともなく分岐を通過してしまったようです。ここでコンパスを見るなどして方向をチエックするべきでした。
小屋番の山日記
宇連山の沢・古峠・廃村
宇連山覚書
奥三河・宇連山を歩く・・・ガンゾモチフデ山考
奥三河・清水谷遡行
参考文献
南アルプスが主であるが豊川山岳会の北遠・奥三河周辺の沢登りの記録がある。

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[ 2016年08月27日 23:04 ] 沢登り | TB(0) | CM(0)

台風10号 27日に「猛烈な」強さに

台風10号 27日に「猛烈な」強さに
日本列島への影響は27日から、接近前から要注意

台風による日本列島への影響は27日からではじめ、太平洋沿岸ではうねりが入る見込みです。予想されている各地への影響は以下のとおりです。

【東海~関東地方への影響】
●雨
27日から、南海上から暖かく湿った空気が流れ込むため、台風の接近・上陸前から山間部を中心に大気の状態が不安定となり、雷を伴った激しい雨の降るところがあるでしょう。その後、台風本体の雨雲の影響を受ける地域では、降水量が多くなることが予想されます。
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[ 2016年08月26日 08:00 ] 基本情報 | TB(0) | CM(0)

東濃・尾城山1132.9m

7/3に雨で中止した東濃・尾城山(1132.9m)に行ってまいりました。
本当に行けるか準備だけして家を出た。 仕事を済ませ遅くなったので仮眠をして8/24 AM5時発、天気が心配だったが中津川ICを経て257号で加子母に向かうと二つ森山・三界山が良く見えてまあまあの天気だ。加子母PA(編者注:たぶん道の駅のこと)の先で林道に入ると前回帰名時山中で林道を誤った個所もわかり、峠を越えて佐見川に向けて下り登山口に着いた。8時支度をして登りまじめた、沢添いの道は整備されていて石畳になっている所は歴史的な意味があるかも?・・・道は傾斜も緩く「佐見川源流」の表示を過ぎると峠が近い。 8:50峠右にひと登りすると尾城山1132.9m山頂だ。山頂は広く刈られて東屋も整備されていて快適なところだった。
北東・御岳方面と南西・伊吹山方面に視界があるが両山が見えるほどの視界は無い。残雪があるころ伊吹山が見えるような日にまた来たいと思った。 赤とんぼ?たくさん飛んでいた。南東方向の踏み跡をたどるとすぐそばまで林道らしきものが上がってきていた。再び山頂に戻ると登山者があった。 このあたりの低山は多方向からの道が開かれ周遊するのも良いと話してくれた。
小中学生が学校で登山もするようで地元で手入れもするようだ。ボーッと山頂に居て1時間半が過ぎていた。10:30往路を下山 11:10登山口 誰も来ないので楽器を吹いて遊んでいたら雨となった。車中で昼食を済ませ、のんびり帰名した。
少し歩いただけだったけど「心の山」のようにありがたい時間をいただいた気がする。
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[ 2016年08月25日 11:11 ] 岐阜県の山 | TB(0) | CM(0)

南アルプス・白峰三山縦走無事下山

南アルプス北岳、間ノ岳、農鳥岳予定どおり登り、下山しました。

昨日、大門沢下降中に、韓国ツアーのメンバーが滑落し、怪我をしました。
その関係で、宿泊地の大門沢小屋は、かなりゴタゴタしていました。
その日は救出が出来ず、負傷者はビバークのようで、
僕たちが下山中、下から警察やら、消防関係者が登ってきたり、
上空で、ヘリコプターがホバリングしたりと、緊張の早朝でした。
自分たちも、絶対すべっては駄目だと、言い聞かせて下山しました。

山梨日日新聞のWEB版に見出しのみ山岳事故が報じられている。(本文は購読者のみ)8/11から農鳥岳周辺だけでも5件発生している。67歳から68歳が3人もいる。縦走後半の疲労に加えて長く急斜面の下りで筋肉が持ちこたえられないのだろう。

時系列に整理すると。新しいものから順に。
8/14
農鳥岳で68歳女性が滑落、重傷
吊り橋踏みはずし肩脱臼農鳥岳
韓国人女性59歳が重傷 農鳥岳
農鳥岳で遭難の女性を救助
8/11
西農鳥岳で67歳女性滑落 けが

*地形図の等高線を見るとかなり詰まっているので急斜面と分かります。中国人、韓国人登山者の事故が増えています。無事に救出されることを祈りたい。
韓国人の中ア遭難事故に思う
日本で中国人登山者が遭難、徹夜の捜索で全員救助!中国ネット民「海外でまた迷惑」「『日本製品ボイコット』とか言ってるアホども、よく見ておけ」
北ア・滑落死 38歳韓国人女性 前穂高岳の登山道で

*元在日朝鮮人から見た日韓登山文化比較論(現在は日本に帰化)
韓国人同胞へ。日本の山に登るならマナーを事前に覚えるように

*かつて日本三百名山の奥茶臼山に登山した際、岩本山にハングル文字があって驚いた。韓国人はここまで日本の山を愛しているのか、と思ったが奥茶臼山にはない。多分、岩本の地名が帰化後の日本名(或いは通名)に親しみを感じたのであろう。ネットでググると張本、平本、金本、安本、河本など通名または帰化後の姓名に◎本が多い。
*朝鮮人作家・金達寿の『日本の中の朝鮮文化』によれば、花崗岩の白っぽい山は朝鮮半島の地質と共通するらしい。中央アルプスも全山花崗岩の地質である。特に南アルプスは南巨摩郡という地名が高麗に由来する説があり、親しいのであろう。それならばもっと日本の山のことをよく知って来日して欲しいですね。
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[ 2016年08月14日 21:22 ] 長野県の山 | TB(0) | CM(0)

奥美濃の沢・大岩谷

 伊吹山地とは伊吹山の北の金糞岳辺りまでをカバーする1300m級の山なみをいうらしい。その間に地形図に山名がある山はない。それでも国見山、虎子山、ブンゲンと知る人ぞ知る山が連なる。よく整備された登山道のある山は伊吹山と金糞岳に限られる。一般の登山者から忘れられた言わば秘境的な山域である。
 中でもブンゲンは1269mの標高があるが好事家くらいしか登られない。しかし、沢に限れば岐阜県側でも滋賀県側でも花崗岩質のきれいな沢が突き上げる。岐阜県春日村は西谷という。いくつもの沢が江美国境に突き上げる。中でも竹屋谷は滑や樋状の滝が美しい。今回登った大岩谷も両門の滝があって美しい渓相を競う。大岩谷には近年遊歩道まで整備されていて驚いた。以前、沢納めで遡行し、ブンゲンに登頂、また下降した。うっとりするような黄葉の谷に突然雪が舞ってきて驚いた。当時は伐採中で下山すると焚火をしていたのでしばらく当たらせてもらった。林道も未舗装だった。
午前6時、一社駅前を出発。約100km、2時間弱で大平林道の大岩谷の入り口に着いた。完全舗装だから隔世の感がある。その上に山主は遊歩道を整備して観光地化するようだ。駐車場も2か所整備してありかなり本気である。身支度後、熊避けのドラム缶を鳴らして入渓。一の滝から遡る。久々の水に体が喜ぶ。周囲は落葉広葉樹の森の中を清冽な谷水がほとばしる。滝ごとに巻き道もあるがなるだけ谷芯を行く。体のキレが悪いのは体重が減っていないためだ。二の滝、と続々遡り、八の滝で観光滝道は終わる。谷沿いの路を戻らなくてもいいように帰路も設けてある。
 さて、本格的な遡行領域に入った。滝は連続するが傾斜が立ってきた。スケールも若干大きい。直登を試みるが巻道も行く。次々突破する。大きな5m以上の滝を巻くとついに両門の滝に着いた。あの黄葉の時の感動には及ばないが、万緑の中のやや多い水量が迫力ある渓谷美を魅せる。これは右から滝上に巻く。
 巻いた後は平凡な渓相が続き、二股を分ける。水量は同じだが右がやや多く本流と見て直進する。再び二岐になる。左がブンゲンに突き上げる本流、水量の少ない右は1095mの独立標高点に突き上げる谷。明瞭な二岐である。11時になり、ここまで3時間経過したこと、ヤブが覆うようになったことを鑑みて遡行を終了。1095mの尾根に上がることとした。岩っぽい谷だが中途ですぐに踏み跡に遭う。桧林の中を忠実に辿り尾根の背に到達すると踏み跡が下ってゆく。しばらくは植林内を順調に下った。植林が尽きて再び二次林に突入した。なるだけ尾根を追いながら且つ浅い谷に下ってみた。困難さはなく、本流に合流した。八の滝へはすぐだった。親子3人づれが滝の探勝に来ていて驚く。こんなところでも軽装で来るのだ。
 私たちはフィックスロープの垂れ下がる谷を下降していった。6から7滝付近で観光用探勝路を下った。そのまま歩くと駐車場に戻った。帰路は薬草風呂で一風呂浴びた。猛暑の名古屋へ帰った。もう少し沢の涼しさに浸っていたかったな、と贅沢な思いが募った。

 
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[ 2016年08月13日 18:51 ] 沢登り | TB(0) | CM(0)

「山の日」に考える~志賀重昂と『日本風景論』

今日は新たな国民の祝日となった「山の日」である。
山の日協議会の趣意書の冒頭には
「日本は国土の7割近くを山地がしめる山の国です。日本人は、古くから山に畏敬の念を抱き、森林の恵みに感謝し、自然とともに生きてきました。山の恵みは清流を生み、田畑を潤してわが国を囲む海へと流れ、深く日常生活とかかわりながら、豊かな心をも育んできました。
私たちは、愛する日本に、国民の祝日「山の日」を制定することを提案してまいりました。「山の日」は山の恵みに感謝するとともに、美しく豊かな自然を守り、次の世代に引き継ぐことを銘記する日です。山々が身体の健康や心の健康に、欠くことのできない国民の財産であることを再確認し、山との深いかかわりを考える日にしたいと思います。以下略」と宣言する。

志賀重昂は『日本風景論』の冒頭に
江山洵美是吾郷 という漢詩を掲げました。これはわがふるさとの山や川は洵(まこと)に美しい、という意味である。ここでいうわがふるさとは出身地の岡崎のみならず日本全体です。つまり日本の山を愛しましょうという提言でした。山の日を考えるにふさわしい人物です。
どんな人物だったのでしょうか。
文久3(1863)年12月25日 岡崎市康生町に誕生。明治元(1868)年 6歳の時、父・重職死去。 父は岡崎藩の儒学者で佐幕派。没後は跡取りが15歳未満ゆえに家禄は没収される。母・淑子の実家の松下家で育つ。 明治維新で父は失業と同時に死ぬ。そして収入までも絶たれる。幼くして大変な波乱に見舞われた。
幸いに、父の教え子の小柳津要人の援助で学校へ行けた。小柳津要人は1844年生まれの岡崎藩士でした。明治6年に丸善に入社。後に洋書輸入を手掛けて洋書の丸善の名声を得た人物。岡崎市の名誉市民にもなった。
明治7年(1874年)11歳より攻玉社で英学・数学・漢学を修めて同11年(1878年)に退学。 漢詩文の素養はこの時期の学習による。
明治11年 大学予備門(東大の前身)に進み、約2年間学ぶ。 明治13年(1880年)、札幌農学校に転じた。理由は家禄没収による経済難からか。札幌農学校は学費が安いことも理由。 「少年よ大志を抱け」で有名なクラークは去ったあとでした。その当時には東京大学と札幌農学校しか大学はなかったのですが、授業料も寮費も国庫で給付してくれる制度があったので札幌農学校へ進んだのです。明治17年(1884年)、17歳で札幌農学校を卒業 。その後、学校教員になるが上司とのトラブルで退職。丸善の支配人になっていた小柳津要人の世話で丸善に入社。英語力を生かして輸入書の翻訳を手掛ける。
明治19年(1886年)、23歳で再び軍艦「筑波」に便乗して南太平洋の諸島(カロリン諸島、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、サモア、ハワイ諸島)を10ヶ月にわたって巡り、 翌年に出版した『南洋時事』で、列強の植民地化競争の状況を報じて警世した。この著により、東京地学協会の終身名誉会員に推された。
世界中を地理学者として見聞すると日本の山河への愛着が高まります。「三河男児歌」は明治 22年 10月 1日のみかは新聞に掲載されたのが初出です。志賀 26歳の作です。 明治憲法発布に際し、薩長中心の明治政府だが三河人も元気を取り戻して頑張ろうという激励の意味と言います。
「汝見ずや段戸の山は六千尺。
絶巓天に参はりて終古碧なり。
又見ずや矢矧の水は三十里。
急湍石を噬みて矢より疾し」
とあります。東公園の碑文は「汝見ずや段戸の山は五千尺。雲巓天に参はりて終古碧なり」とあります。 推敲を重ねたものが碑に刻まれています。

明治27年(1894年)8月からの日清戦争。松野鉄千代と結婚。31歳で『日本風景論』を出版した。これは今も文庫本で読める。山岳書の古典です。 漢詩文で科学的な紹介文で書かれた。但し、種本があった。アーネスト・サトーらの編『日本旅行案内』 (明治14年)と、「登山の気風を興作すべし」の「登山中の注意」の部分はガルトン『旅行術』からだ。英語力抜群の志賀重昂はここを翻訳し、原典を明記しなかった。このため登山家でもなく探検家でもない志賀重昂の著書の謎とされていた。黒岩健『登山の黎明』で剽窃として告発された。しかし、これによって著書の名声は揺らぐことはなかった。ドナルド・キーン『日本文学史』近代・現代編によれば明治初期は漢詩文、翻訳の時代と変遷を描く。中期になって言文一致に移行するまでの近代化を急ぐ過渡期であった。著作権の意識もなかった時代である。英語に堪能な志賀重昂にとっては翻訳して紹介する意義が重要であったと思う。そしてこの部分が多くの若者を知識ではなく、登山の実践へと誘った。近代登山の啓蒙に貢献したわけだ。後に小島烏水が読み、登山に目覚め、明治38年の日本山岳会設立へと行くのは10年余りのことだった。名誉会員にも推された。

富士山を名山の基準とした。よほど富士山が好きなのであろうか、長男にも富士男と命名している。ちなみに死後出版された志賀重昂全集の編集者は志賀富士男氏になっている。

付録の登山の気風を興作すべし(岩波版P193)の、三、「水の美、奇は山を得て大造す」を引用してみよう。
水、山にありていよいよ美、ますます奇を成し、平面世界にありて看得ざる水の現象は、山にありてのみ能く認め得。水の最も晶明なる者、最も平和なる者、最も藍靛(らんてん)なる者は山中の湖これを代表し、水の最も最激烈なる者は山蔭の瀑布これを代表し、水の最も清冽なる者、最も可憐なる者は山間の渓水これを代表す。凡そ水の睡り怒り咲(わら)ふの状貌は、山にあらずんば竟に観るべからず。加之(しかのみ)ならず巌は水を承けて緑潤となり、水に齧(か)まれて奇態怪状を呈出す。水の美、水の奇は山を得てここに大造し、巌の美、巌の奇は水を待ちて始めて完成す。以上

沢登りの勧めのような漢詩文です。平面世界とは自分らが起居する街の暮らしのことで、街では水の美を見ることはできないが山ならば見られる。渓谷美は山の奥深く入って見られるの意。

志賀重昂自身も人生の波乱を才覚で乗り越えて、激動の近代日本を見聞しつつ、昭和初期に没した。こんな偉人が愛知県岡崎市の生まれだったとは。ちなみに犬山市を流れる木曽川の日本ラインも志賀重昂の命名になる。



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[ 2016年08月11日 00:00 ] 山岳名著 | TB(0) | CM(0)

猛暑の登山は疲労が招く遭難に注意

猛暑の登山は疲労が招く遭難に注意
1.猛暑の夏に多い「疲労」遭難

 今年の夏は猛暑になるようです。

 山岳遭難の多い長野県で2014、15年の遭難件数を見ると、北アルプスでは7、8、9月の遭難が多いことがわかります。そして遭難の状況を調べてみますと、猛暑だった15年8月は「疲労」が原因の遭難がとても多いのです。

 昨年以上の猛暑の可能性が指摘されている今年も、この「疲労」遭難に要注意です!

 今回は「疲労」遭難がどういうものか、なぜ暑い夏に多いのかをお話ししましょう!

 疲労と言うと、体力不足の高齢者が無理をしたからだ!と、どうも短絡的に結論付けられているように思います。結果、「高齢者が体力に応じた登山をすれば遭難が減る」かのように言われています。

 本当にそうなんでしょうか?

 その科学的根拠はどこにあるのでしょうか?

 高齢者の遭難が多いのは事実ですが、60歳を過ぎたら、誰でも体力なんて落ちて当たり前です。

 逆に言うと、高齢者以外は「疲労」遭難しないのでしょうか?

2.「疲労」の原因はこんなにある!

 山で起こる疲労の原因、皆さんはいくつ思い浮かべることができますか?

 「登りで筋肉疲労」は分かりやすいですね。そして「下りで筋肉破壊」はこの連載の「登り以上に要注意! 下山中のけが」の回で詳しく紹介しました。ここまでは皆さん想像しやすいですよね。実はここからが大切です!

 「エネルギー不足」「脱水」「暑さの疲労」「寒さの疲労」「低酸素の疲労」「睡眠不足」と、疲労の原因はほかにもこんなにあるのです。列挙されてみると、心当たりのある方はいらっしゃるのではないでしょうか。

 前述の長野県のデータを見ると、14年の「疲労」遭難は5月に多く、原因は低体温症、つまり「寒さの疲労」でした。15年は8月の晴れの日に「疲労」遭難が多く起きています。具体的な状況で見ると、夏の遭難は心臓発作、熱中症、高山病が原因の多くを占めています。

 年代別で見ると、もちろん60代の「疲労」遭難は多かったのですが、10〜40代も「疲労」遭難しているんですよ。体力が一番ある若者でも、「疲労」遭難しているんです!

3.体力不足ではなく「脱水」が原因!

 これらの夏の「疲労」遭難の事例を見ると、「夏の晴れた日」という気象条件が影響していると気がつきます。それを踏まえると、夏は「脱水」の疲労が遭難に大きな影響を与えていることが、容易に想像できると思います。

 晴れた夏の日、天気がよければ、調子に乗ってオーバーペースになることもあります。トイレに行きたくないから飲まない、汗をかくから飲まない、水が高いので買わない、山小屋で飲むビールのために我慢、という方もいらっしゃると思いますが、これ、ダメダメ登山者ですよ!!!!

 特に最近、中高年の女性の間ではやっている漢方薬「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」。足がつったら飲みなさい、と周囲に分け与えている人もいますが、登山中に足がつるのは、脱水、つまり塩分と水分が不足しているからです。一時的に症状を抑えるために薬を飲んでも、根本的な塩分と水分の不足を解決しなければ、ひどい熱中症に発展し、「疲労」遭難につながります。

 14年から15年にかけて、登山中の心臓死が増えました。昨年夏にこの連載「防ごう!山での心臓突然死」のシリーズでも紹介しましたが、脱水は心臓突然死のリスクも高めます。

4.遅れて忍び寄る「脱水」の怖さ

 脱水は、すぐに自覚できないのが怖いところです。じわじわ体の細胞に悪影響を及ぼすので、はっきり調子が悪いと気付くまでに時間がかかります。午前中の脱水は、午後にパンチを効かせます。「疲労」遭難は、下りに多いのです。

 日中、脱水を起こした結果、山小屋に到着してから足がつる人もいます。むしろ、その日の行動が終了しているならラッキーです。これが下山途中に影響してくるとどうなるでしょうか。注意力が散漫になったり、体がバランスをとろうとする働きが鈍くなったりするので、ふらついて転びます。そうして足首を捻挫したり、頭を打ったりして、歩いて下りられなくなります。熱中症になる人、意識を失う人もいます。

 「バテた!」「体力が無い!」と思ったことがある人、まず脱水対策に取り組んでください。

5.登山前に500mL、登山中は30分おきに水分を!

 具体的な脱水対策は、やはり、水+塩をとるしかありません。朝起きた時、自覚がなくても私たちの体はすでに「隠れ脱水」の状態です。そのまま登ると、山頂に行く前に脱水の影響が出て、バテてバテてどうしようもなくなります。朝起きたら、朝食に加え、水分を500mL取りましょう。塩分補給を兼ねるには、スポーツドリンクを半分程度に薄めたものがよいでしょう。登山中は体重や天候、登山のスピードなどで異なりますが、一般的な目安として30分おきに200mLを飲んでください。以前講演の際に、そんなに飲めないのではないですか?と質問を受けました。いえいえ、飲めます。だって、私も友人たちも必ずやっているからです。

 明日8月11日は今年から祝日になった「山の日」です。1年でもっとも暑い時期、登る前にまず500mL、水分を取って登ってみましょう! 山の日を、新しい取り組みの始まりにしてください。
以上

 昔、といっても50年前の私の中学時代ですが、盛夏でも陸上競技の練習で汗を流しました。先生や先輩の指導は練習中は水は飲むな、ということでした。しかし、校外に出た際に墓地にあった水道水を腹いっぱい飲んで渇きをいやして、素知らぬ顔で戻りました。後年、登山をやると水は飲みたいだけ飲みなさい、ということに急反転しています。常識って不安定なものです。

 昨日も同じ大城さんの記事を掲載しましたが、繰り返しになりますが「脱水」対策の大切さを頭に叩き込みたい。赤字で太字の行は昨日も提案しましたが私の経験からくる考えと同じです。最近はなぜ脱水になりやすいのか考えるとそもそも北アルプスの稜線ではトイレがない。特に女性は水分摂取を控えがちになるかに思います。だからか、足の痙攣も女性に多い。記事にある芍薬甘草蕩の薬も女性は常備している。
 日常生活でも高血圧を予防するために減塩がしつこく指導されています。この医学常識は間違いとする人もいます。高血圧は確かに怖いことですが塩分の責任ではなく、タンパク質の摂取不足で血管がもろくなると説明されている。加齢で高血圧になるのは自然な成り行きですが動物性タンパク質を摂ればそう簡単には脳の血管が破れることもないでしょう。私も2年前入院した際に高血圧だから降圧剤を処方するというので断りました。栄養指導に切り替えてもらい投薬からは逃げています。
 ですから医師の言うことを真面目に聞く人は血液中の塩分摂取が少ないでしょう。朝一杯のコーヒーよりも一杯の味噌汁がいいと思う。粉食のパンやラーメンよりも粒食のごはんにするとスタミナが違う。かつて飯豊連峰を3泊4日で縦走した際、朝食をラーメンで済ませて早く出発していった若者2人に生米から炊いて遅めの出発の私たちが稜線直下で追いついた経験があります。ザックも私たちが重かった。これはご飯粒と味噌汁の塩分の差だと今も思います。
塩分制限で病気増の危険も…十分な摂取がかえって健康的?制限要は高血圧の人のみ?


初版は2002年と古いが、P117に熱中症と塩のことが書いてあります。大城先生と同じことです。
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[ 2016年08月10日 16:40 ] 山岳ニュース | TB(0) | CM(0)

登山やトレッキングでの脱水・熱中症その予防と対策 

岐阜県多治見市は気温39.7度を記録した。猛暑である。体温以上の気温に全国的に熱中症が報じられているので注意が必要だ。当然山でもより注意を要する。

「かくれ脱水」の発見法 

そもそも山歩きは脱水症になりやすい。

大城委員は「山に登ると多かれ少なかれ『かくれ脱水』になります」と指摘します。カラダの水分はつねに失われていますが、とくにカラダに強い負担がかかる登山では知らない間に多くの汗をかき、呼吸が荒くなって呼気から失われる水分(不感蒸泄)が増えるからです。
さらに、途中でトイレに行かなくても済むように水分摂取を控えたり、荷物を軽くするために携行する水分を制限することが、脱水症のリスクを高くします。また、水を持っているのに、立ち止まって仲間との歩行ペースが乱れることを避けるために水分補給を怠る人も多く、こうした気づかいが一層脱水状態を進行させてしまうことがあるようです。

最近は、登山やトレッキングだけでなく、登山道を走るトレイルランニングが若い世代でブームになっています。荷物をできるだけ軽くしてペースを上げるトレーニングをしている競技志向の高いランナーはとくに脱水症に注意すること。暑い日は熱中症に進行することもあります。荷物を軽くするために携行する水分を制限しますし、トレイルランニングは通常の登山より発汗量が多いからです。
中間の文はソースにアクセスする。
高山などの極度に乾燥する環境下で、登山のような激しい運動をすると、呼吸数が増えて吐く息などから不感蒸泄として水分が大量に失われるため、脱水対策として多量の水分と塩分が必要になります。しかし経口補水液やスポーツドリンクをそのままの濃度で何リットルも補給すると、塩分が過剰になり、水分のみの補給では塩分が不足することに。「脱水時に皮膚にかけてカラダを冷やしたりするなど、山では真水がいちばん利用価値が高いので、私自身は経口補水液やスポーツドリンクのパウダー(粉末)を携行し、必要に応じてパウダーを真水に溶かして塩分などの電解質と糖質を補います」と大城委員。
以上
先週は北アルプスの稜線を歩いてきた。空気が乾燥していることに加えて、岩場の通過では緊張から喉の渇きを覚えた。小まめに水分補給を心掛けた。持って来れば良かったと思うのがポカリスエットの粉末である。指定の濃度の2倍に薄めて飲む。そのままだと飲んだ後満腹感があり、行動食が食べられなくなるからだ。ちなみに稜線の山小屋でも売っているが500mlで500円。これを薄めて飲んでも良い。


熱中症対策は失われた水分補給も大切だが、紫外線の日焼けから顔と首筋を守る帽子の着用も重要である。北アルプスの稜線でも女性は多くが対策していたが男性は普通の帽子が多かった。イメージ的には暑い気がするが下山後に首筋の日焼けを感じるから用意しておくと良い。私はタオルを首に巻いたが岩場の上り下りでは視野を塞ぐことがあり邪魔になった。これも用意しておけば良かったと思う。



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[ 2016年08月09日 21:13 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

登山はベストを尽くせばそれでいい!

 8/5の夜発で8/7まで北アルプスの唐松岳から五龍岳までを元気に縦走してきた。66歳前後の6人が参加。8/6は八方尾根から唐松山荘へは厳しい炎暑の下、ふーふー言いながらの登りである。小屋へは12時すぎに着いた。私は寝不足を回復するため休養したが元気な5人は不帰の剣の手前までお散歩として往復した。また1人は唐松の下りで筋肉を傷めるアクシデントがあった。縦走はとても無理というので、話し合いで五龍には登ったことがあるからと、KさんがYさんに付き添いで八方を下ることになった。
 8/7は4人が5時に山荘を出発。今日も炎暑が予想された。五龍山荘まではアップダウンの多い縦走路を3時間で予定通り踏破。山荘で休憩後、五龍への登り道に取りつく。ガレの多い岩の路である。山頂直下は岩壁の岩登りになった。岩登りのトレーニングが生きるような登りである。山頂はすぐそこにあった。日本百名山踏破77山目か?
 これまで計画しても雨で中止することもあったし、五龍山荘で泊まって雨の遠見尾根を下山したこともあった。雪辱を果たすというとオーバーか。
 山荘まで下山。コーヒーを飲んで休憩。今度は雪辱を果たすべく、炎天の遠見尾根を下山した。八方に比べるとしばらくは鎖場の連続する岩場もあってやや荒っぽい登山道である。緑陰の岳樺の中に入るとほっとする。小遠見山まで来るとハイキングの路をアルプス平まで下る。リフト、ゴンドラを乗り継いで下山。振り返ると稜線は雲が漂う。もう気象の変化の兆しか。
 山麓の駅舎まで来て出ると故障組が先回りして待機してくれた。タクシーでマイカーを回収する時間が節約できて良かった。着替えの後、麓の温泉で汗を流して帰名した。
 足の筋肉痛の故障で下山したYさんは元々体力のない人だった。それでも唐松岳には登頂できたのだ。最近見た映画「ロング・トレイル」の印象的なセリフを思い出す。アパラチアントレイルを途中で目的を果たせずリタイアしても「人生はベストを尽くせばそれでいい」と言った。中ア・宝剣沢、黒部源流縦走などの実績はあるが今回は体力の限界に達したようだった。登山はベストを尽くせば良いじゃないか。諦めることも人生のうちである。
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[ 2016年08月09日 03:11 ] 山行報告 | TB(0) | CM(0)

鈴鹿・愛知川 下降 報告

コース  朝明駐車場---中峠---愛知川(大瀞)---ヒロ沢出合---天狗滝---白滝谷---ハト峰--朝明駐車場

昨年、愛知川に入った際にY氏から提案されていた計画で同じルートで逆の愛知川下降をやってみた。
7/31.集合場所の朝明へと車を走らせたがこの時期にしては珍しくくっきりと朝の澄んだ空気に鈴鹿が素晴らしく、車を止めて見たほどであった。
早く着いて二人で笑談しながら朝食をいただいた。駐車場にはドンドン車がはいってきた。7:40身支度をして愛知川めざしていざ出発!中峠への登りで汗だくになったが風が心地良く四日市まで俯瞰できる。8:45小休後下り、愛知川の鉄橋の直ぐ上を根っこに摑まりながら急下降するとエメラルドグリーンの淵が待っていた。9:45ハーネスを付けて遡行を始めると大淵である。下降なので楽といえども昨年より水量が多く、泡立つ水面に飛び込むのに躊躇する。底に溜まっていた小石がさらわれて足の届かない距離が昨年よりも長くなっている。山は常に変化しているんだ~。なめたらイカン!なめたら事故るゾッ、と色々な事が頭を過ぎり一時無口になってしまったが、ピーカンの空と現れる美しく輝く淵に入って行くと、なんて素晴らしいんだろう!と自然と顔もほころんでいた。11:15ヒロ沢出合、適当にパッキングしてきた握り飯と大福が浸水により豪い事になっていた。いよいよ変化に富んだ核心部へと向かうと大きな釜のトヨ状の滝となる、毎年沢山の人が遊んでる所だがここも、天狗滝もあんまりはしゃいじゃ危険だと思う。メットは付けようよ!山の中なんだから水着はないぜ!(今日はいなかったけど)天狗滝は飛び込まず、「還暦ルート」と言って右岸のトラロープに沿って降りた。ぷかぷか流れにまかせて通過した淵を過ぎると白滝谷出合で、時間的にも人が集まってて30人ぐらいいたと思う。のんびり休憩13:30Y氏に「白滝谷登る?」と尋ねると、「行きましょう!」と即答だった。
このままでは締まりに欠ける気がしていたのでありがたく思った。
白滝谷はロープ無しで登れる滝があって楽しい谷だ。
滝が終わり、縦走路が横切るとナメになりヒタヒタ楽しいところで、小魚を見ながら休憩して縦走路に上がり、汗を流しての登ったハト峰は風の気持ちいい静かな地で、最後にご褒美をいただいた様な気分になった。3:50のんびりと下り、車も減った朝明駐車場で解散、帰名しました。
素晴らしい日に愛知川を満喫させてもらいました。
夏の定番でもいいかもしれないって?  確かにそうかもね! 
いい山行を有難うございました。
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[ 2016年08月01日 14:54 ] 沢登り | TB(0) | CM(0)
プロフィール

東海白樺山岳会

Author:東海白樺山岳会
 1962(昭和37)年に名古屋市交通局の有志数名が設立。その後一般社会人の親睦の登山クラブとして継承されてきた。40歳代から80歳代の男女約24名(2016年11月現在)が年間を通じて計画的に実践。
 三河、美濃、鈴鹿の日帰り登山、岩登り、沢登り、山スキー、冬山以外にも夏山縦走も楽しむ。皆で誘い合い日本百名山、日本三百名山を目指す会員もいる。個人の志向でぎふ百山、信州百名山、富山百山、一等三角点のピークハントを目標にする会員もいる。
 例会は第1水曜日(都合で火曜日になることがある)に名古屋市中区生涯教育センターで夜7時から8時30分まで。会合は山行への参加を募る重要な場なのでなるだけ出席を。欠席者にはメール、郵便、ファクスで伝達。会報も年間4回発行。総会(事業報告、役員改選、会計報告、規約改正など)は4月に実施。
 イベントは1月の新年会(町)新入会員の入会に応じて新人歓迎会(山で)、年末は忘年山行(1泊2日)、登山、岩登りの初心者の指導練習も適宜練達者のリードで実施。
 会費年間3000円。入会金2000円。別途山岳共済保険加入のための岳連会費と保険料要。現在会員募集中。問合先090-4857-9130西山まで。メールフォームからもどうぞ。

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